私が「癌」にとりつかれたり、大切な息子が、突然、意識不明になってしまったりしたことを知られた、北海道のご婦人から、ぶ厚い封書をいただきました。
「阿弥陀さまや親鸞さまを頼りにし、法華経に尻を向けているから、仏様さまが『仏罰』をお当てになったのです。(中略)寺の住職としての体面もあるでしょうが、そんなものを、いさぎよく振りすてて、法華経と日蓮大聖人様に帰依しなさい、災難はたちどころに消滅します。私が、自分の体験で申し上げているのです。まちがいありません」という趣旨の手紙でした。遠く離れた、見たこともない他人のために、ぶ厚い手紙をくださったのは、ほんとうの親切心からのことであったと思います。(中略)
さて、このご婦人だけでなく、世間には、ずいぶん多くの方が、仏さまの御意に従う者には「吉」事や「福」が与えられ、仏さまの御意に逆く者には「凶」事や「禍」が与えられると信じておられるように思います。(中略)
どのような悪人も必ず救うという誓いを立てて仏さまにおなりになった阿弥陀さまでも、「悪」がお好きであるはずはありません。しかし、諸仏さま方から困られ、見放されつつも、なお「悪」をつくらずにはおれない「人間」というものの憐れさを、どうしても、見過ごすことがおできにならないのが、「阿弥陀さま」という如来さまなのです。
出典:東井(とうい)義雄(よしお)[1]「正直者からは正直者の光が」探究社・法藏館(令和6年8月)5頁—8頁
[1] 1912年、兵庫県豊岡市但東町の真宗寺院に生まれた。1932年に兵庫県姫路師範学校を卒業して40年間、県下の小・中学校に勤務。ぺスタロッチー賞(広島大学)、平和文化賞(神戸新聞)、教育功労賞(文部省)など、数々の教育関係の賞を受賞。篤信の念仏者としても知られている。1991年4月18日に逝去。豊岡市但東町(元町役場に隣接)に東井義雄記念館がある。