寺報「ねがい」
お知らせ
2026.03.04
白木蓮が咲いた その鮮烈な白 いよいよ汚れてしまっている私
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(前略)小四 亮太

ぼくのおとうさんは、ぼくの小さいときに死にました。それでも「とうちゃんは、どこかでぼくのすることを見とるんや」と、かあちゃんはいいます。(中略)

この間のばん、ぼくはしゅくだいをやっていると、かあちゃんが「亮太は勉強がすきになったでええな」といいました。「ちがう、ちがう」というと、「勉強きらいなもんはえらい人になれません」と、かあちゃんがいいました。「へえ、そんなら、おらの組では、健ちゃんがいちばん、えらいもんになるんかよ。なら、おら、えらいもんなんか、なりたかねえ」と口答えをしました。(中略)

ぼくはかあちゃんのところへいって「かあちゃんたたいて」と、頭をだしました。すると、かあちゃんは「もう、ええから、勉強しな」といいました。「そんなら、とうちゃんのぶん、たたいて」といいました。そしたら「よし」といって、かあちゃんは、わらいながら、ぼくの頭を、一つ、コツンとたたきました。ぼくは、うれしくなって、また勉強をやりました。ぼくはかあちゃんが大すきです。

 

…亮太くんの中に、お母さんは、みごとに、お父さんを生かしていらっしゃいます。

出典:東井(とうい)義雄(よしお)「こころの味を大切に」探究社・法藏館(令和7年8月)6頁—8頁