寺報「ねがい」
お知らせ
2026.09.01
私一人のための 如来様のお慈悲
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(中略)腹の立っている真最中に、私に寄りそって、働きづめに働いて下さるお働きがあって下さったんですね。

ご開山が、「弥陀の五劫(ごこう)思(し)惟(ゆい)の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」とおっしゃっておりますが、ご開山お一人のためということは、如来様のお慈悲は、私一人のため、皆さんお一人お一人に寄りそって、働いて下さっておるということですね。校長先生が大勢の子ども達に、誰とはなしに話をしているような、そんなことではなかったんですね。一人一人に寄りそって、悲しんでいる時には一緒に悲しみ、腹の立てている時には口惜しかろうが、このことに目をさましてくれよと、一人一人に寄りそって、働きづめに働いて下っているお働きとしていただく時、ただごとで無い。親鸞一人がためとおっしゃるのは、やっぱり私一人のための、私のお慈悲であったかと、いただかなかったら、どんな尊い法も、私の幸せになって下さらんという事ですね。

ご開山に、出会わさせていただきましょうね。

如来様のお慈悲に出会わさせていただきましょうね。私のためのお慈悲と、出会わせていただきましょう。

 

出典:東井(とうい)義雄(よしお)[1]「こころの味を大切に」探究社・法藏館(令和7年8月)21頁—23頁

[1] 1912年、兵庫県豊岡市但東町の真宗寺院に生まれた。1932年に兵庫県姫路師範学校を卒業して40年間、県下の小・中学校に勤務。ぺスタロッチー賞(広島大学)、平和文化賞(神戸新聞)、教育功労賞(文部省)など、数々の教育関係の賞を受賞。篤信の念仏者としても知られている。1991年4月18日に逝去。豊岡市但東町(元町役場に隣接)に東井義雄記念館がある。